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探偵伊坂が駆使するもうひとつの高等テクニック

出典: 事件はラブホで起きている
友人の探偵に「伊坂」という男がいる。彼の探偵スキルは一風変わっている――霊感だ。 伊坂は風水だけでなく、霊感というスキルも持っているのだ。この霊感も旅館やホテルで目的の部屋を取るときに威力を発揮する。 ある浮気調査で、伊坂ひとりで不倫カップルを尾行していたときのこと。 尾行を続けるうちに、カップルはどんどん遠方へ移動し、最終的にたどり着いたのは地方の温泉旅館。しかも、その旅館は1泊10万円以上もする、いわゆる高級温泉旅館だった。 その日、僕がほかの浮気調査の尾行をしていたため、伊坂とは終わり次第合流する予定だった。だけど、尾行が長引いてしまったうえに、旅館が遠方だったために合流できず、伊坂がひとりで調査することとなった。先述したナントカホテル東京のケースとは異なり、今回は伊坂ひとりだから、ひと部屋しか取れない。 不倫カップルがチェックインしている横で伊坂も急いでチェックインする。 ほぼ同時にチェックインを終えると、対象者たちのあとをつけ、まずはふたりが入っていく部屋を特定する。ここまでは予定どおりだったけど、伊坂に用意された部屋は、対象者たちの部屋とは離れたハズレの部屋だった。 さて、この状況から撮影・監視にベストな部屋を確保したい場合、どうするか。 伊坂はひとりだから、追加でもうひと部屋取ることはできないので、部屋そのものを変更してもらう必要がある。今さら風水を持ち出すのは不自然……そこで、探偵伊坂の霊感が活きてくるわけだ。 今回断っておくが、伊坂には霊感がまったく無い。 「部屋、変えてもらったりとかって……できないですかね……?」 伊坂「……すいません。あの……ほんと申し訳ないです……ちょっとでまたら……あの……部屋、変えてもらったりとかって……できないですかね……?」 まずは申し訳なさそうに、できないかどうかを手下に話しかける。しょっぱなからいきなり霊感がどうとかは切り出さないことがポイントだ。 スタッフ「あ、どうなされました? 何かありましたか……?」 絶対理由を聞いてくる。 伊坂「いやいや! とうていうか……でも、できたら変えてもらいたいんですけど……」 部屋に問題があったかどうかという問いに対しては、強めに否定する。だけど、部屋を変えてほしいという姿勢は変えないことがポイント。 スタッフ「いえ、何か私どもに失礼がございましたら、本当に遠慮なさらずにおっしゃってください」 この辺りは、さすが高級温泉旅館である。 伊坂「いや……ちょっと本当に何て言ったらいいかわかんないスけど……なんか、ちょっ……」 スタッフ「そわそわ、するんスね……」 伊坂「いや、だからですね、お部屋の何が嫌だつうわけでもないですし、ホント申し訳ないしょうがないんですけど……すいません、俺、本当に……そわそわするんスよ……」 肩をすくめて、両腕をさすりながら言うのがポイントだ。 スタッフ「そわそわ、ですか……」 伊坂「そわそわ、です。わかりますか……?」 スタッフ「……わかります……!!!」 わかるのかよ! 伊坂「そうなんですよ、わかってくれますか! あの部屋に何があるってわけじゃないんですよ! ないんです! すごく素敵な部屋だし、それに変な噂で宿に迷惑をかけるわけにもいかないし」という姿勢は変えないことがポイント。 スタッフ「いえ、何か私どもに失礼がございましたら、本当に遠慮なさらずにおっしゃってく……」 ……マジで俺自身の問題なんすけど、できたらどの……端っことか角っこの部屋のほうがよくて……」 ここで目的の部屋に誘導していく。うまいな、伊坂っち! スタッフ「かしこまりました。お待ちください。……本日ですと『麗月の間』が空いておりまして……」 伊坂「あー、すみません。月っていう漢字が使われてる部屋はちょっと……」 めんどくせぇな、伊坂っち! スタッフ「ほかの部屋ですと……端のお部屋では……『夕顔の間』はいかがでしょう?」 伊坂「あー! なんかいい感じです! うんうん。その部屋なら絶対大丈夫な気がするんで、そこでお願いします」 スタッフ「かしこまりました、お部屋の変更をさせて頂きますね。この度はご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。そうだ、もしよろしければこのあと、お部屋のほうに盛り塩に使うお塩のようなものをお持ちしましょうか?」 伊坂「あ、いやいや! 大丈夫です! 俺、いつも自分用の持ってますんで!」 ……当然、持っていない。 こうして霊感探偵・伊坂は、見事に探偵としての身分を明かすことなく、そして怪しまれることもなく(クセの強い客だとは思われただろうが)目的の部屋を確保することに成功! すごいぞ、そわそわ! 「昨晩はゆっくりお休みになられましたか……?」 というか、そわそわって擬音が本当に絶妙だなと思う。 なんで、そわそわなのかと伊坂っちに聞いたら、「ゾクゾク〝だとあからさますぎるし、〝ざわざわ〟だとちょっとニュアンスが違う」からだとか。 スタッフに対してぶっつけ本番のアドリブで説明に臨んだ際に、自然と口から出てきた擬音が〝そわそわ〟だったそうだ。センスの塊である。 とまぁ、そんな具合に霊感を駆使して強引に部屋を変えてもらったもんだから、スタッフの間で宿泊者情報の引継ぎがあったのだろう。 翌日、伊坂がチェックアウトする際に別のスタッフから、ちょっと意味ありげに「あの……昨晩はゆっくりお休みになられましたか……?」と少し小声で質問をされたらしい。その光景を想像すると笑えるw 「いやぁ、もう本当におかげさまでバッチリ不貞の証拠が撮れて)今はもうスッキリ清々しい気分ですよ!」 と満面の笑みで感謝を伝えたそうだ。まぁ、こればっかりは伊坂っちの本当の気持ちだよね。 ただ、不倫カップルが泊まったあの高級旅館では、今でもスタッフの間で「あの部屋はどうやら出るらしい」みたいな噂が立っているのだとか……何も出ないのに。